た。その声は、のどの最上部にまで、ぐうぐう押し上げて来た。
 が、彼は、必死の努力で、やっとそれを押しこらえた。そして、前よりも二倍位い大股に、聯隊《れんたい》へとんで帰った。
「女のところで酒をのむなんて、全くけしからん奴だ!」
 営門で捧《ささ》げ銃《つつ》をした歩哨《ほしょう》は何か怒声をあびせかけられた。
 衛兵司令は、大隊長が鞭《むち》で殴りに来やしないか、そのひどい見幕を見て、こんなことを心配した位いだった。
「副官!」
 彼は、部屋に這入るといきなり怒鳴った。
「副官!」
 副官が這入って来ると、彼は、刀もはずさず、椅子に腰を落して、荒い鼻息をしながら、
「速刻不時点呼。すぐだ、すぐやってくれ!」
「はい。」
「それから、炊事場へ露西亜人《ロシアじん》をよせつけることはならん。残飯は一粒と雖《いえど》も、やることは絶対にならん。厳禁してくれ。」
「はい。」
「よし、それだけだ。」
 副官が、命令を達するために、次の部屋へ引き下ると、彼はまた叫んだ。
「副官!」
「はい。」
「この点呼に、もしもおくれる者があったら、その中隊を、第一中隊の代りに、イイシ守備に行かせること、そ
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