なかった。
 二人が玄関から這入って行った、丁度その時、少佐は勝手口から出て来た。彼は不機嫌に怒って、ぷりぷりしていた。十八貫もある、でっぷり肥った、髯《ひげ》のある男だ。彼の靴は、固い雪を蹴散らした。いっぱいに拡がった鼻の孔《あな》は、凍った空気をかみ殺すように吸いこみ、それから、その代りに、もうもうと蒸気を吐き出した。
 彼は、屈辱(!)と憤怒《ふんぬ》に背が焦げそうだった。それを、やっと我慢して押しこらえていた。そして、本部の方へ大股に歩いて行った。……途中で、ふと、彼は、踵《きびす》をかえした。
 つい、今さっきまで、松木と武石とが立っていた窓の下へ少佐は歩みよった。彼は、がん丈で、せいが高かった。つまさきで立ち上らずに、カーテンの隙間から部屋の中が見えた。
 そこには、二人の一等卒が、正宗の四合|壜《びん》を立てらして、テーブルに向い合っていた。ガーリヤは、少し上気したような顔をして喋《しゃべ》っている。白い歯がちらちらした。薄荷《はっか》のようにひりひりする唇が微笑している。
 彼は、嫉妬《しっと》と憤怒が胸に爆発した。大隊を指揮する、取っておきのどら声で怒なりつけようとし
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