。」
「誰れだ?」
「分らん。」
「下士か、将校か?」
「ぼっとしとって、それが分らないんだ。」
「誰奴《どいつ》かな。」
「――中に這入って見てやろう。」
「よせ、よせ、……帰ろう。」
 松木は、若し将校にでも見つかると困る、――そんなことを思った。
「このまま帰るのは意気地がないじゃないか。」
 武石は反撥《はんぱつ》した。彼は、ガンガン硝子戸を叩いた。
「ガーリヤ、ガーリヤ、|今晩は《ズラシテ》!」
 次の部屋から面倒くさそうな男の声がひびいた。
「ガーリヤ!」
「何だい。」
 ウラジオストックの幼年学校を、今はやめている弟のコーリヤが、白い肩章のついた軍服を着てカーテンのかげから顔を出した。
「ガーリヤは?」
「用をしてる。」
「一寸来いって。」
「何です? それ。」
 コーリヤは、松木の新聞包を見てたずねた。
「こら酒だ。」松木が答えないさきに、武石が脚もとから正宗の四合|罎《びん》を出して来た。「沢山いいものを持って来とるよ。」
 武石は、包みの新聞紙を引きはぎ、硝子戸の外から、罎をコーリヤの眼のさきへつき出した。松木は、その手つきがものなれているなと思った。
「|呉れ《ダ
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