丸に倒れ、眼を失い、腕を落した者が、三人や四人ではなかった。
彼と、一緒に歩哨に立っていて、夕方、不意に、胸から血潮を迸《ほと》ばしらして、倒れた男もあった。坂本という姓だった。
彼は、その時の情景をいつまでもまざまざと覚えていた。
どこからともなく、誰れかに射撃されたのだ。
二人が立っていたのは山際だった。
交代の歩哨は衛兵所から列を組んで出ているところだった。もう十五分すれば、二人は衛兵所へ帰って休めるのだった。
夕日が、あかあかと彼方の地平線に落ちようとしていた。牛や馬の群が、背に夕日をあびて、草原をのろのろ歩いていた。十月半ばのことだ。
坂本は、
「腹がへったなあ。」と云ってあくびをした。
「内地に居りゃ、今頃、野良から鍬《くわ》をかついで帰りよる時分だぜ。」
「あ、そうだ。もう芋を掘る時分かな。」
「うむ。」
「ああ、芋が食いたいなあ!」
そして坂本はまたあくびをした。そのあくびが終るか終らないうちに、彼は、ぱたりと丸太を倒すように芝生の上に倒れてしまった。
吉永は、とび上った。
も一発、弾丸が、彼の頭をかすめて、ヒウと唸《うな》り去った。
「おい、坂本!
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