もれ上って来た。彼は、やはり西伯利亜《シベリア》だと思った。氷が次第に地上にもれ上って来ることなどは、内地では見られない現象だ。
 子供達は、言葉がうまく通じないなりに、松木に憐れみを求め、こびるような顔つきと態度とを五人が五人までしてみせた。
 彼等が口にする「アナタア」には、露骨にこびたアクセントがあった。
「ザンパンない?」子供達は繰かえした。「……アナタア! 頂だい、頂だい!」
「あるよ。持って行け。」
 松木は、残飯桶《ざんぱんおけ》のふちを操《と》って、それを入口の方へころばし出した。
 そこには、中隊で食い残した麦飯が入っていた。パンの切れが放りこまれてあった。その上から、味噌汁の残りをぶちかけてあった。
 子供達は、喜び、うめき声を出したりしながら、互いに手をかきむしり合って、携えて来た琺瑯引《ほうろうび》きの洗面器へ残飯をかきこんだ。
 炊事場は、古い腐った漬物の臭いがした。それにバターと、南京袋《なんきんぶくろ》の臭いがまざった。
 調理台で、牛蒡《ごぼう》を切っていた吉永が、南京袋の前掛けをかけたまま入口へやって来た。
 武石は、ぺーチカに白樺の薪を放りこんでいた
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