丸は逃げて行くカーキ色の軍服の腰にあたり、脚にあたり、また背にあたった。短い脚を、目に見えないくらい早くかわして逃げて行く乱れた隊列の中から、そのたびに一人また一人、草ッ原や、畦《あぜ》の上にころりころり倒れた。露西亜語を話す者のでない呻《うめ》きが倒れたところから聞えてきた。
「あたった。あたった。――そら一匹やっつけたぞ。」
そのたびに、森の中では、歓喜の声を上げていた。
中には、倒れた者が、また起き上って、びっこを引き引き走って行く者がある。傷ついた手をほかの手で握って走る者がある。それをパルチザンは森の中からねらいをきめて射撃した。興奮した感情は、かえってねらいを的確にした。
カーキ色の軍服は、こっちで引鉄《ひきがね》を握りしめると、それから十秒もたたないうちに、足をすくわれたように草の上へ引っくりかえった。
「そら、また一匹やった。」
「あいつは兵卒だね。長い刀をさげて馬にのっている奴を引っくりかえしてやれい! 俺ら、あいつが憎らしいんだ。」
「ようし!」
「俺ら、あの長い軍刀がほしいんだ。あいつもやったれい!」
彼等はだんだん愉快になってきた。…………
[#地から1
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