くる百姓や、女の頭の上をとびぬけ出した。
「撃てッ、パルチザンが逃げ出して来るじゃないか、撃てッ!」
 包囲線を見張っている将校は呶鳴りたてた。
 兵士の銃口からは、つづけて弾丸が唸《うな》り出た。
「撃てッ! パルチザンがいッくらでもこっちへ逃げ出して来るじゃないか。うてッ! うてッ!」
 兵士は撃った、あまりにはげしい射撃に銃身が熱くなった。だが弾丸は、悉く、一里もさきの空へ向ってとび上った。そこで人を殺す威力を失って遙か向うの草原に落下した。機関銃ばかりでなく、そこらの歩兵銃も空の方へそのつつさきを向けていたのだ。
 百姓は、逃げ口が見つかったのを喜んで麓の方へ押しよせてきた。
彼等は、物をくすねそこねた泥棒のように頸をちぢめてこそこそ周囲を盗み見ながら兵士の横を走せぬけた。
「早く行け!」
 栗本が聞き覚えのロシア語で云った。百姓は、道のない急な山を、よじ登った。
「撃てッ! 撃てッ! パルチザンを鏖《みなごろし》にしてしまうんだ! うてッ! うたんか!」
 士官は焦躁にかられだして兵士を呶鳴りつけた。
「ハイ、うちます。」
 また、弾丸が空へ向って呻《うな》り出た。
「うてッ
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