ずんでいた。
 裏通りの四五軒目の、玄関とも、露台《バルコン》ともつかないような入口の作りつけられている家の前で、ウォルコフは、ひらりと身がるく馬からおりた。
 人々は、眠《ねむり》から覚めたところだった。白い粘土で塗りかためられた煙突からは、紫色の煙が薄く、かすかに立のぼりはじめたばかりだ。
 ウォルコフは、手綱《たづな》をはなし、やわい板の階段を登って、扉《ドア》を叩いた。
 寝室の窓から、彼が来たことを見ていた三十すぎのユーブカをつけた女は戸口へ廻って内から掛金《かけがね》をはずした。
「急ぐんだ、爺さんはいないか。」
「おはいり。」
 女は、居るというしるしに、うなずいて見せて、自分の身《からだ》を脇《わき》の箱を置いてある方へそらし、ウォルコフが通る道をあけた。
「どうした、どうした。また××の犬どもがやって来やがったか。」
 一分間ばかりたつと、その戸口へよく肥《ふと》った、頬の肉が垂れ、眉毛が三寸くらいに長く伸びている老人がチャンチャンコを着て出てきた。
「ワーシカがやられた。」
「ワーシカが?」
「…………。」
 ユーブカをつけた女は、頸《くび》を垂れ、急に改った、つつ
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