! うてッ!」
「ハイ。」
 濃厚な煙が流れてきた。士官も兵士も眼を刺された。煙ッたくて涙が出た。

       五

「今度こそ、俺れゃ金鵄勲章《きんしくんしょう》だぞ。」
 銃をかついで、来た道を引っかえしながら軍曹は、同僚の肩をたたいて笑った。彼は、中隊長の前で、三人の逃げ出そうとするパルチザンを突き殺した。それが、中隊長の眼にとまった自信が彼にあったのだ。
「俺だって功六級だ。」
 同僚もそれに劣らない自信があった。
 看護卒は、負傷した少尉の脚に繃帯《ほうたい》をした。少尉の傷は、致命的なものではなかった。だから、傷が癒《い》えると、少尉から上司へいい報告がして貰える。看護卒には、看護卒なりに、そういう自信があった。
 彼等は、愉快な、幸福な気分を味わいながら駐屯地へ向って引き上げて行った。
 大隊長は、司令部へ騎馬伝令を発して、ユフカに於けるパルチザンを残さず殲滅《せんめつ》せしめたと報告した。彼は、部下よりも、もっと精気に満ちた幸福を感じていた。背後の村には燃えさしの家が、ぷすぷす燻《くすぶ》り、人を焼く、あの火葬場のような悪臭が、部隊を追っかけるようにどこまでも流れ拡がってついてきた。けれども、それも、大隊長の内心の幸福を妨げなかった。
「ユフカは、たしかに司令官閣下の命令通り、パルチザンばかりの巣窟でありました――そう云います。」
 活溌な伝令が、出かける前、命令を復唱した、小気味のよい声を隊長は思い出していた。
「うむ、そうだ。」彼は肯《うなず》いて見せたのだった。「それを一人も残らず殲滅してしまった。我軍の戦術もよかったし、将卒も勇敢に奮闘した。これで西伯利亜《シベリア》のパルチザンの種も尽きるでありましょう。と、ね。」
「はい。――若《も》し、我軍の損傷は? ときかれましたら、三人の軽傷があったばかりであります。その中、一人は、非常に勇敢に闘った優秀な将校でありました。と云います。」
「うむ、そうだ、よろしッ!」その時の、自分の声が、朗らかにすき通って、いい響きを持っていたのを大隊長は満足に思った。
 ――今持っている旭日章《きょくじつしょう》のほかに、彼は年金のついている金鵄勲章を貰うことになる。俸給以外に、三百円か五百円、遊んでいても金が這入ってくることになるのだ。――功四級だろうか、それとも五級かな。四級だと五百円だ。それから勲功によ
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