と其角が吟んだ金物問屋の戸は早閉ぢて軒下に置いた大きなつり鐘を月が明るく照らしてゐた。突然そのとき――僕と岩公とは下駄で力一ツ杯その釣鐘を蹴とばした。けつてもけつても釣鐘は唯コツコツいふばかりだつた。さうして釣鐘は遂にゴーンゴーンと鳴り出してくれなかつた。


    二

 ――横丁へ戻らう――煎餅屋、袋物屋、稲荷鮓屋、簾屋、油屋、葛籠屋、蕎麦屋、酒屋の並んでゐる側にはそれぞれ店先へ月がさしこんでゐた。
 稲荷鮓屋の主人は最初この附近の色里を夜更ける迄「お稲荷さん」つて淋しい声で売り乍ら身代つくつて、今は東京全市へ支店を出した立志伝中のものだつた。然し身代が出来てからは、月に面テを曝すさへも羞らふのか滅多主人の顔は見られなかつた。
 簾屋は朝から晩まで葭簀をバタンバタンと編んでゐた。その音が昼は葭切のやうにカラクヮイチ――カラクヮイチときこえ、夜は螽※[#「虫+斯」、第3水準1−91−65]のやうにギイスチヨン――ギイスチヨンといつて続いてゐた。
 油屋は本当に油地獄の舞台面のやうだつた。その黒光りのする店先へ月がさしこんで流れてゐた。
 然し葛籠屋こそ一番古ぼけてみえたのだ。店先の
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