葛籠の骨ばかりを積上げた板間に痩せた一人の小僧が一匹の蝙蝠のやうに坐つてゐた。
 其頃その小僧は僕より五つ六つ上の十三ぐらゐだつた。暗い電灯の下で小僧は葛籠の下張りにする沢山な古い証文を延し乍ら出ツ歯を長い舌で舐り乍ら色々なお話して呉れた。古証文から掘出物があつた話――はられた古い印紙が素晴しい値で売れた話なぞ然し僕は大して面白くもなかつた。けれども「坊ちやんにはわからねえ」といひながら卑しい微笑してから――それから話し出すことが面白くて僕は小僧が好きだつた。
 其のわからねえ話を聞くために僕は毎晩小僧を訪れて一つしよに渋臭い板間に坐つてゐた。月の照らした板間の外れへ腰掛けてもう仕事を終つた小僧が僕に其道を伝授してゐた時のことだつた。
「焼かせやあがる。」舌打し乍ら小僧は声をあげた。
 隣の蕎麦屋から芸者連れの男が三十番神の提灯をくゞつて外へ出た。二人の影法師は人形町の方へ月下を消えて行つた。
 小僧は黙つて了つた。小僧は薄い半纏の胸をはだけてあきらめる様に眩しく月を眺めてゐた。月は涼しくこの小つぽけな僅十三歳の色道餓鬼の胸を照らしてゐた。その胸にはあり/\肋骨が月の影を更に深めてゐた
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