てゐた。
茲の芋屋は夏も氷屋と化けず、律儀に芋ばかりを売つてゐた。さうして母親の死んだとき、茲の息子はそれを夜明け前に焼場へ運んで了つて、その朝からふだんの通り店先は大笊に甘藷が湯気を立てゝ並んでゐた。葬式があると思つた近所の人々が却つて面くらつた。然し商売は繁昌して、八丁堀か薬研堀かに其の芋の出店が出来た。
三味線屋の岩公は泣虫の癖に海※[#「羸」の「羊」に代えて「女」、第4水準2−5−84]が上手くて僕の海※[#「羸」の「羊」に代えて「女」、第4水準2−5−84]をいつも他の奴から沢山に勝つて呉れた。その代り向ふの露路の駄菓子屋の婆アに借金してゐる事を秘密にしてくれと僕に歎願した。
提灯屋の白ツ子と、パン屋の兄弟とが聯合して岩公を泣かす時僕はいつも助けてやるのだつた。然し僕も時々は面白半分に岩公を泣かすのだつた。
この横丁の中ほどから北へ折れて真ツ直な通りは旧吉原の大門通りだつた。或夜、人取の仲間がみんなちり/\になつてから未だ遊び足り無い僕と岩公とは、月に照らされ乍ら静かなこの大問屋許り並んでゐる通りを大丸の附近までとぼとぼ歩いて行つた。
「鐘一つ売れぬ日は無し江戸の春」
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