の吸ひさしを吸ひながら、また饒舌り出す。
「日本にだってカーネギーが一人ぐらい出てきたっていいんだ。実はワシがなるつもりだったんだが(聴衆笑ふ)。イヤ、ほんとだ、ワシがある発明をしたんだね、するとワシには金がなくてそれをやる訳にゆかない。だから一緒にやる人間が出てきた。ところがどうだね、大当たり大成功だね。俺《ワシ》にはちっとばかり金をくれたきりで、その男はもう毎日自動車で、ツラッター、ツラッター(身振をする)と走らしてる。発明した当人はコンナ始末でサ。ウン、けどもワシは腹が大きいから、そんなこと屁とも思はないよ。自動車飛ばすのが嬉しい奴には、飛ばさしておくさ」
「フフフフフ」
輪は一せいに失笑するのだ。が、彼は頗る真面目な顔つきだ。
「ほんとだよ、乞食だッて三菱だッて変りゃアないんだよ。寝て、起きて、飯を食って、女を抱いて、酒を飲んで、何をするッたッて、それ以上のことができるわけのもんぢゃないからねエ」
「乞食にゃア女ア抱けねえだろ」
若い男がからかひの槍を入れる。
「冗談いっちゃアいけないよ。そんなことはナンでもない話だ。ただ俺《ワシ》はソンナことをしたいとは思はないだけの話だが、みんな乞食だって嬶もあれば、妾を持ってる者もあるよ。この浅草にだって、杖をひッぱたきながら浪花節を語って、何万両貯めてる親分もゐるんだからネ。君らは何んでも社会的事象の表面ばかりしか見ないから駄目なんだよ、ウン……乞食ッたってこれは立派な職業だよ」
「ハハハハハハハ」
「そんなに喜んぢゃいけない、笑ひ事じゃアない。みんなつまらない事なら喜んでるから困るねえ。小説だの講談だのでも、樋口苦安《ひぐちくあん》だの、三日目落吉《みっかめおときち》なンて、飴に黒砂糖なすったやうな、ベトベトねつッこいのを嬉しがってるんだからねぇ。世の中の行進は、科学的に小細工を積み重ねてゆくんだから、みんな科学者にならなければ駄目だ。でなければ引ッ込んで瞑想家になるか、浅草の乞食になるかだよ」
「よせやい」
一人の女が十銭白銅を与へると、あっさりお辞儀をして、また話しつづける。彼の出鱈目講演は縷々として尽きない。金を与へた女が、連れの女と話しながら、ゆく。
「あの乞食はきっといい家の者だったに違ひないわ。でなきゃアあんな高尚な言葉[#「高尚な言葉」に傍点]を使へる訳はないものね」
天晴れ洞察振りを、また連
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