とを知ってゐる利巧な奴です。恐ろしい名優です。
明るい仲見世の人の急流の中を、八十八ヵ所廻りの判をぺタぺタ押した白衣を着て、子供を連れて歩く跛の女乞食、永年の間、吾妻橋の上に坐って、赤ン坊を泣かしてゐた乞食であるが、近来は衣裳を替へて、仲見世の眩ゆい電光の中に進出してきた。
鈴を鳴らして御詠歌をうたひながら、仲見世の舗道を急流に洗はれる[#「洗はれる」は底本では「流はれる」]杭のやうに、ゆっくり往来する。
綺麗な芸妓がよけて通る。
若紳士が銀貨を与へる。
かくして三、四回この舗石の上を往復すると、明日の白い米と、刺身と寝酒の代がとれる。彼女の亭主は四年前死んだが、乞食の親分だった。田舎から乞食が上ってくると、下谷山伏町の彼の家に「顔出し」にきたものだ。
亭主が死んでも彼女は姐御《あねご》です。
哲学者の乞食
背の低い男。片足にゴムの長靴を穿き、片足は板草履である。どッちか片足、具合が悪いのだ。どこか面ざしが五九郎に似てゐる。場所はどこでもいい。池の淵、ベンチ、家の角、藤棚、どこでも彼の演壇である。何かしゃべりながらたちまち人垣を築いてしまふ。
「宇宙が丸いものか四角いものか知ってる者はまだ誰もありはしない。だから人間は嘘をついても大丈夫だ。博士だとか教授だとかいふ者はみんな嘘をついておまんまにありついてゐるのだね。ニュートンだのアインシュタインだのッて、引力だとか相対性原理だのッて、小むづかしい名前をくッつけて理窟をこねると、それでオカマをおこしちゃふんだからね。何もアインシュタインを頼まなくッたッて、そんな事は朝飯前から分り切ってらアね。家賃がたまるとたちまち悶着が起きる。追立だとか執行だとかね、これ即ち相対性だからサ、絶対なら何も何年家賃を溜めたってどこからも苦情がくるわけはないんだからね」
「ハハハハハ」
彼を取り巻く聴衆の輪が笑ひに揺れてゐる。
「何を言ってやがるんだ」
と呟きながら、覗き込む輪の中に加はる者がある。彼は、足の前に落ちてゐるバットの吸ひさしを拾って、モゾモゾ懐の中をさぐってゐたが、
「誰かマッチを貸してくれませんかね」
一人の男がマッチを出してやると、それに続いて、お内儀風の女が、
「お前さん、煙草が好きなんだネ、これを上げようよ」
と、敷島の箱を一つくれる。
「どうもありがたう」
とそれは懐に入れ、先のバット
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