「あの腰かけの上によ。」
「なんの上に?」
「腰かけの上だつていふに。」
「だつて、まくらがないよ。」
「まくらなんかいらない。坊ちやん、おれに砂糖をすこしもつてきてくんねえか。」
ボーリヤは、お砂糖をみつけ出して、もつてきてやりました。レーワはクルミをもつてきました。サーシュカもまねをして、こはれたお人形をもつてきました。
子どもたちは、奥から台所へ、台所から奥へとかけあるいて、お母さんに、リカがなんと言つたとか、どんなふうにせき[#「せき」に傍点]をしたとかと、一々それを話しました。まるで、台所になにかめづらしい動物でもゐるやうなさわぎです。
コーリヤは、お母さんが手紙にかいてよこした蓄音器をかけてゐました。蓄音器は、勇ましい行進曲をふいたり、歌をうたつたりしました。
「コーリヤ、蓄音器をリカにみせてやりませうよ。」とボーリヤが言ひました。
「お母ちやま、コーリカをつれてきてもいゝでせう。」
「どうして?」
「蓄音器をみせてやるの。」
子どもたちはお母さんにとびついて、ねだりました。そしてお母さんがゆるして下さると、よろこんでかけ出しました。
「これ/\、かけるんぢやありません。それから靴はぬがせるんですよ。」
「もうぬいでるの。」
コーリカはいつまでもぐづついてゐて、中々奥へこようとしませんでした。
「おれの見たことのないものだつて? なんだらうな?」
「森のおばけだよ。」とコーリヤがいひました。
「なんだ。」
「なんでもいゝからおいでよ。」
「よし、いく。」
リカは、やつとコーリヤのあとについていきました。コーリヤが食堂のまへをとほるとき、リカはちよつと後しざりをしました。奥さまのすがたが、ちらりとみえたからです。
「いゝんだよ。さ、いゝんだよ。」
コーリヤたちはリカを引つぱつて、蓄音器の前につれてきました。
「ほら、この箱ね、この箱の中に魔法使がゐるんだよ。」
「うそう。」
「うそだつて?」
コーリヤはかういひながら急に蓄音器をしかけました。リカは、びつくりしました。
「ほう、こんちきしよう。うたをうたひやァがる。」
リカは、音のするその箱をこはさうにのぞきこみました。子どもたちは、みんなで、きやつきやと笑ひました。
四
あんまり笑ひさわぐので、お父さんが出てきました。そして、お父さんも笑ひました。それをきいて、お母さんもきました。
「まあ、なんです?」
「リカつたら、お母さん、リカつたらね、蓄音器をこはがつてるのよ。」
「うそだい。」と、リカはまつ赤になつていひました。
「こはがつてなんかゐるもんか。これあ器械だよ。」
かう言つて、リカは、しゆつと鼻をすゝりました。お母さんは顔をしかめて、リカの肩をつついていひました。
「さあ、もうたくさん。あつちへおいでよ。ね。」
「あらまだいゝわ。」とサーシュカがいひました。
「もう少しゐさせてあげてよ、ね。」
「いゝえ、もうたくさんですよ。さあ、あつちへいきなさい、リカ。」
リカは、台所へかへりかけましたが、食堂のところまでくるとふりむいて、
「あ、さうだつけ、おくさま、駄賃をおくれよ。」
「あげますとも。」
「ぢやァ、今すぐおくんなさい。でないとおら、あすは夜あけにいくだから。」
「あいよ、すぐ女中にもつてよこさせます。さあ、あつちへおいで。」
「おらに、ぢかに、ください。その方がまちがひがないから。夜明けにはやくいかないと父ちやんは泊るでねえつていつたんだから、しかられるといけないから。」
そのときボーリヤが出て来ました。
「坊ちやん、ぢやァさよなら。」
リカは、手を出していひました。ボーリヤは手を出さうとしましたが、急に、その手を引つこめてしまひました。きたない子と握手をしてはいけないといはれてゐるからです。リカは、くるりとまはつて、台所へいきました。
おくさんは女中をよんで、リカに駄賃をわたさせました。リカはそのお金をぼろッきれにつゝんで、長靴の中へおしこむと、やつと安心して、腰かけの上にからだをのばしながら、晩御飯の支度をしてゐる女中に話しかけました。
「なにを焼いてるの?」
「うなぎよ。」
「うふん、この家の人たちは、うなぎを食ふのかい。ふうん、おらが村のだんなは毎日鳩をくふよ。」
晩御飯がすむと、奥からピアノの音がひゞいて来ました。
リカは、それを聞きながら、うと/\となりかけましたが、急におき上つて、さけびました。
「あゝ、さうだつけ。馬のことをわすれてゐた。」
リカは靴をはいて、庭につないである馬のところへ、水をやりにいきました。
「ほうら。」
リカは、馬のしりをぴたんとうつと、水桶をどさんとおいて、空を見上げました。馬はうれしがつて、リカに鼻をすりつけながら、ひくゝなきました。
「あまつたれるない。」
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
チリコフ オイゲン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング