ないと云ふ事が如何《いか》がはしいです。そこで余程用心をしなくては行けません。先づ暫くその儘にして置くですな。その場にぢつとしてをらせて、暫く時期を待つですな。」
「でもいつまで待つたら宜しいと云ふお見込でせうか。もしその内に窒息でもいたしたら。」
「そんな事はないぢやありませんか。先刻のお話では、至極機嫌好くしてゐると云ふではありませんか。」
己は前の話を今一度初から繰り返した。
チモフエイはそれを聞いて、手に※[#「鼻+嗅のつくり」、第4水準2−94−73]煙草入を持つて、それをくるくる廻しながら思案をした。
「ふん。成程。わたしの考へでは外国なんぞをうろ付き廻るより、暫く現位置にぢつとしてゐた方が好いですな。丁度暇が出来たと云ふものだから当人もゆつくり反省して見たが好からう。無論窒息なぞをしては行けないから、多少の摂生上の注意をするが好いでせう。例之《たと》へば妄《みだ》りに咳なんぞをしないが好いです。その外色々注意の為やうもありませう。さてそのドイツ人ですが、わたしの考ではその男の申立には、十分の理由がありますね。兎に角※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]はその男の所有物です。イワンはその中へ、持主の許可を得ずして入り込んだと云ふものです。これが反対の場合だとさうでもありませんがね。そのドイツ人がイワンの持つてゐる※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の中へ潜り込んだのだとすれば、場合が違つて来ます。勿論イワンは※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]なんぞは持つてゐなかつたのですがね。兎に角※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]は人の所有物ですから、それを妄《みだり》に切り開ける事は出来ません。と申すのはその持主に代価を辨償せずに、切り開ける事は出来ないのです。」
「併し人命を助けるのですから。」
「さやう。併しそれは警察権に関係します。その問題は警察へ持つて行かなくては駄目です。」
「ところでイワンの行方《ゆくへ》が分からないと云ふ事になつたらどうでせう。何かあの人に用事でも出来たと云ふ場合は。」
「あの人にとはイワンにですか。ふん。なに、休暇中の事ですから、どこにゐようと、何をしてゐようと構はぬが好いです。ヨオロツパを遊歴してゐようが、ゐまいが、
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