あつたのです。二言目には進歩と云ふ事を言ふ。それから種々な主義を唱へるのですな。あんな風な思想を持つてゐるとどうなるかと云ふ事が、これで分かるやうなものです。」
「どうもさう仰やつても、この度の事件は実際非常な出来事ですから、それを進歩主義者の末路が好くないと云ふ証拠にするわけには行かないやうに思ふのですが。」
「ところがさうでないですよ。まあ、わたしの言ふ事をお聞きなさい。一体かう云ふ事は余り高等な教育を受けた結果です。それに違ひありません。兎角余り高等な教育を受けると余計な所へ顔を出したくなる。出さないでも好い所へ出すですね。まあ、そんな事はあなたの方が好くお分かりになつてゐるかも知れません。」かう云ひ掛けて、主人は突然不平らしい調子になつた。「わたしなんぞはもう年が寄つたし、それに余り教育も受けてゐないものですから、何事も分かりませんよ。わたしは軍人の子でしてね、下から成り上がつたものです。丁度今年で在職五十年の祝をする事になつてゐるのです。」
「いや/\そんな事はありません。イワンも是非あなたの御意見が伺ひたいと云つてゐました。詰まりあなたの御指導に依つてどうにでも致さうと云ふのです。なんとか云つて戴かうと思つて、そのあなたのお詞を待つてゐるのです。目に涙を浮べて待つてゐるのです。」
「目に涙を浮べて。ふん。それは多分|所謂《いはゆる》※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の目の涙でせう。なにもそれを真《ま》に受けるには及びません。一体なんだつて外国旅行なんぞを企てたのです。あなたゞつて、それを考へて御覧になるが好い。一体その旅費はどこから出るのです。あの男は財産はないのですからね。」
「いや。旅費だけは貯金してゐたのです。それにたつた三ヶ月間の旅行ですからね。シユワイツへ行くのです。ヰルヘルム・テルの故郷へ行くのです。」己は友達を気の毒がる心持で云つた。
「ヰルヘルム・テルの故郷に行くのですね。ふん。」
「それからナポリへ出て春を迎へようと云ふのでした。博物館を尋ねたり、あつちの風俗を調べたり、変つた動物を見たりしようと云ふのですね。」
「ふん。動物ですか。どうもわたしの察しるところでは、あれは高慢の結果で企てたのですね。動物なんて、どんな動物を見るのでせう。ロシアにだつて、動物は幾らもゐまさあ。それに見せ物もある。動物園もある。
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