わたしのくちびるの両《りょう》はしは、ひくひくとひっつれ、それがことにマレイの心をうったようです。百姓は、そっと黒い爪《つめ》をした泥《どろ》まみれの太《ふと》い指《ゆび》をのばして、まだひくひくひっつれているわたしのくちびるに軽《かる》くさわりました。
「ほんにほんに、なあ。」と、マレイは、なんだか母親《ははおや》のような、ゆっくりと長いほほえみを浮かべて、わたしに笑いかけました、「かわいそうに、なんとしたことじゃやら、ほんになあ、やれやれ!」
わたしは、やっとのことで、おおかみなんていなかったんだ、あの「おおかみがきた」という叫《さけ》び声は、わたしのそら耳だったのだ、とわかりました。でも、あの悲鳴《ひめい》は、はっきりありありとわたしには聞えたのですが。――そういうことは、まえにも一二度はあったのでした。
「じゃ、ぼく行くね。」と、わたしはまるで相談《そうだん》するように、おずおずとマレイを見あげながら言いました。
「さあさあ、行きなされ、わしがこうして、うしろから見てたげましょうわい。このわしが、なんの坊《ぼう》をおおかみにやるものかね!」と、百姓《ひゃくしょう》は、あいかわ
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