どなったんだよ……。だれだか今、≪おおかみがきた≫ってどなったんだよ……」と、わたしはよくもまわらない舌《した》で、やっと言いました。
「やれやれ、何かと思ったら。なんのおおかみがいるもんかね、そりゃ、そら耳というものさね、そうとも! なんの、このへんにおおかみがいますもんかね!」と、マレイはわたしをはげますように、つぶやきました。
 でもわたしは、からだじゅうぶるぶるふるえながら、ますますしっかりと、マレイにしがみつきます。きっと、まっさおな顔《かお》をしていたのにちがいありません。マレイは不安《ふあん》そうな笑《わら》いを浮《う》かべてわたしの顔を見ていました。今にも、わたしがどうかなってしまいはしないかと、それが心配《しんぱい》でたまらないらしいのです。
「ほんに、さぞたまげたこったろうになあ、やれやれ!」と、首をふりました。「もういいさ、なあ坊《ぼう》。坊は強《つよ》いぞ、なあ!」
 百姓は片手《かたて》をのばすと、ふいにわたしのほおをなでました。
「さ、もういい、もういい。キリストさまがついてござるだよ、十|字《じ》をきりなされ。」
 けれどわたしは、十字をきりませんでした。
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