そのうちに、だんだん心がしずまってきて、いつのまにか、ずっとむかしの思い出にひたり始めました。
どうしたはずみか、その日、ふと心に浮かびあがったのは、まだやっと九つのころの、わたしの少年|時代《じだい》のことです。それも、わたしがもうすっかり忘《わす》れてしまっているはずの、ほんのひとときのことでした。
わたしの家《いえ》の領地《りょうち》だった村で暮《く》らしたある年の八月のことです。それは、さわやかに晴《は》れわたった日でしたが、風があって、すこし寒《さむ》いくらいでした。夏ももうおわりに近く、わたしはまもなくあのモスクワの町へ帰って、また、ひと冬じゅうフランス語《ご》を勉強《べんきょう》しなければならないのです。それを考えると、この村を去《さ》るのが残念《ざんねん》でたまりませんでした。わたしは打穀場《だこくば》のうらてをぬけて谷《たに》へくだり、荒《あ》れ地のほうへのぼって行きました。谷の向こうがわから森のところまでずっとつづいている、こんもりしたたけの短《みじか》い林を、村の人たちは荒れ地[#「荒れ地」に傍点]と呼《よ》んでいたのです。やがて、わたしがその林のしげみをわ
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