ネ年のいかない子供ばかりで、九つから十二くらいまで、それより上の者はなかった。みんな学校の帰りで、背に小さな背嚢《はいのう》を負った者や、革の鞄を肩にかけている者、短い上着を着、小さい外套を着ている者などがおり、またなかには、よく親に甘やかされた金持の子供がことに好んで誇りとする、胴に襞《ひだ》のはいった長靴をはいている者が交っていた。この一群は元気のいい調子でがやがや話し合っていた。何かの相談らしい。アリョーシャはモスクワ時代このかた、いかなるときでも、子供のそばを平気で通り過ぎることができなかった。もっとも、彼は三つくらいの子供が何よりも好きであったが、十か十一くらいの小学生も好きであった。
 そこで、今もいろいろと心配ごとがあったが、急に子供たちの方へ曲がって行って、話の仲間にはいりたくなった。そばへ寄って、彼らのばら色をした元気のいい顔を眺めているうちに、ふと気がついてみると、一同の子供はてんでに石を一つずつ持っているのである。なかには二つ持っているものもあった。溝川の向こうには、こっちの群れからおよそ三十歩ばかり隔てた垣根のわきに、もう一人の子供が立っていた。やはり、鞄を肩に
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