も、交際するなどということは、てんでその必要を認めなかったのである。あとで人から聞いたところによると、彼はモスクワでも始終しんねりむっつりで押し通したとのことである。モスクワそのものもきわめてわずかしか彼の興味を引かなかったので、市中のこともほんの二、三しか知らず、その余のことはてんで見向こうともしなかったのである。一度、芝居へ行ったことがあるけれど、黙りこくって、不満らしい様子で帰って来た。その代わりモスクワから帰って来たときは、なかなか凝った服装《なり》をしていた。きれいなフロックコートにワイシャツを着こんで、日に二度は必ず自分で念入りに服にブラシをかけ、気取った犢皮《こうしがわ》の靴を特製の英国靴墨で鏡のように磨きあげるのが好きであった。料理人としての彼は実に立派なものであった。フョードル・パーヴロヴィッチは彼に一定の給料を与えていたが、スメルジャコフはその給料のほとんど全部を着物やポマードや、香水などに使ってしまうのであった。しかし女性を軽蔑《けいべつ》する点では、男性に対すると変わりなさそうで、女に面と向かうといかにも四角ばって、ほとんど近寄ることができないくらいにふるまった
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