上がった。しかしフョードル・パーヴロヴィッチはもうそのあいだにも気持を変えていた。
「いや、いや、今はただ十字を切ってやるだけにしとこう、さあこれでよしと。掛けな。ところで、おまえの喜びそうな話があるのだよ。しかもおまえの畑なんだぜ。腹の皮をよるこったろうて。うちのヴァラームの驢馬《ろば》がしゃべりだしたのさ。そのまた話のうまいことといったら!」
 ヴァラームの驢馬とは、下男のスメルジャコフのことであった。彼はまだやっと二十四、五歳の若者であった。が恐ろしく人づきの悪い黙り者であった。それも内気な、はにかみやというわけではなくて、反対に彼は傲慢《ごうまん》な性質で、人をすべて軽蔑しているようなところがあった。それはさて、ここで、この男のことをたとえひと言でも述べておかなければならない。しかもちょうど今でなくてはならないのである。彼はマルファ・イグナーチエヴナとグリゴリイ・ワシーリエヴィッチの手で育てられたが、グリゴリイの言いぐさではないが、『まるで恩知らず』に成長して、野育ちの子供らしく隅《すみ》っこから世間をうかがうようにしていた。小さいころに彼は、猫を絞め殺して、あとで葬式のまねを
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