橇《そり》の中の暗闇にまぎれて、おれは隣に坐っていた娘の手を握りしめにかかったんだ、その娘にひとつ接吻を許させようと思ったのさ。それは官吏の娘で、可哀《かわい》そうな、優しい、しおらしいすなおなやつだったがね。とうとうおれに許したのだ。闇の中で、何もかも許してしまったんだ。可哀そうに、その娘は、すぐあくる日にもおれが行って、結婚の申しこみをするものと思っていたのさ、なにしろ、おれは花婿《はなむこ》としての値打ちを認められていたんだからなあ。ところが、その後おれは、その娘にひと言も物を言わなかったんだ。五か月というもの、ただの半口も口をきかなかったんだ。舞踏会などのおりに(あの町では、やたらに舞踏会をやったものさ)、よくその娘の眼が広間の隅からじっとおれのあとを追っているのに気がついたよ、温順な憤りの火に燃え立っているのをよく見受けたものだよ。こんな遊戯は、おれが内心に養っている虫けらの欲情を慰めたにすぎないのだ。五か月たって、その娘はある官吏に嫁《とつ》いで町を去ってしまった……腹を立てながらも、それでもたぶんこのおれを愛したままで……。今その夫婦は仕合わせに暮らしているよ。ところでお
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