のめんどうを見た、そのおかげで頬桁《ほおげた》を一つ見舞われたような始末だが、しかしこんなことは皆、もう前に話しておいた。自分の子供が彼に喜ばしい希望をいだかせたのは、ただマルファ・イグナーチエヴナの懐妊のあいだだけであった。生まれてみると、その子は悲しみと恐れとをもって彼の心を突き刺した。ほかでもない、その男の子は生まれつき指が六本あったのである。これを見たグリゴリイは、すっかり落胆してしまって、洗礼の日までむっつり黙りこんでいたばかりでなく、口をきかないためにわざと庭へ出た。ちょうど春のことで、彼は三日の間じゅう菜園|畝《うね》をおこしていた。三日目に幼児に洗礼を受けさせることになったが、それまでにグリゴリイはもう何か心に思案を決めていた。僧たちもしたくを整え、客も集まり、フョードル・パーヴロヴィッチまでが教父の資格でわざわざ顔を出していた家の中へはいるなり、彼は、子供には『てんで洗礼などしなくてもよい』と言いだした。――それも大きな声で口数をきいたわけではなく、一語一語を用心しいしい押し出したような言い方で、ただそれと同時に、鈍い眼つきでじいっと僧のほうを見つめただけであった。
前へ
次へ
全844ページ中270ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング