も若い娘を襦袢一枚でうろうろさせておくのは、風儀をみだすことであるから、以後さようなことのないようにと注意した。しかし知事が立ち去ってしまうと、リザヴェータはまたもや以前のまますておかれた。そのうちに、とうとう父親も死んでしまった。そうすると彼女は孤児になったからというので、かえって町の信心深い人たちにとっていっそういじらしいものになった。実際、彼女はみんなから可愛《かわい》がられているようであった。子供ですら彼女をからかったり、はずかしめたりはしなかった。とかく子供、ことに小学生というものは腕白がちなものであるのに。彼女が見知らぬ家へつかつかはいって行っても、誰も彼女を追い出そうとはしないばかりか、かえっていろいろいたわって、小銭をやったりする。人が金をやると彼女はそれを受け取るが、すぐお寺か監獄の慈善箱へ持って行って、投げこんでしまう。市場で輪パンや巻きパンをもらっても、きっとそれを出会いがしらの子供にやってしまう。でなければ、町でも指折りの金持ちの奥さんを引き止めて、それをやるのだが、そういう奥さんも、むしろ喜んで、それを受け取るのであった。そして自分は黒パンと水とよりほかはけっして食べようとしなかった。彼女はよく、大きな店へはいりこんで坐りこむことがある。そこには高価な品物や金などが出してあっても、店の主人はけっして彼女を警戒するようなことがなかった。たとえ彼女の前へ何千ルーブル放り出したまま忘れていても、その金を一カペイカだって取られる心配のないことをよく知っているからであった。寺へはめったに立ち寄らなかった。夜は寺院の入口か、さもなければよその家の籬《まがき》を越して(この町には塀がわりの籬が、今日《こんにち》でも随所にあるから)菜園の中で寝るのであった。自宅《うち》へは、つまり亡父が雇われていた主人の家へは、およそ一週一度ぐらい姿を見せたが、冬分は毎日やって来た。しかし、それもほんの夜だけで、入口なり牛部屋なりで泊ってゆくのであった。人々は彼女がこんな生活によく耐えてゆくと思って不思議がったが、彼女にはそれがもう慣れっこになっていたのである。彼女は背丈こそ短かったが、体格は人並はずれてがんじょうにできていた。町の紳士連の中には、彼女がこんなことをするのはただ見得にすぎないと断定する人もあったけれど、どうもそれではつじつまが合わない。彼女はひと言も口をきくことができないで、ただときどき妙に舌をもつらせて、ムムとうなるだけであった――こんな風では、見得も外聞もあったものではない。さてある時こんなことがあった。(だいぶん以前の話だが)明るくて暖かい九月のある満月の夜、この町でいえばだいぶん遅い刻限に、遊び疲れてしたたか酔っ払ったこの町の五、六人の紳士の群れがクラブから『裏町』づたいに家路をたどっていた。路地の両側には籬が連なって、その後ろに隣接した家々の菜園が続いていた。その路地は、この町で時によっては川と呼んでいる、臭い細長い水たまりに掛け渡した板橋のほうへ抜けていた。さてこの一行が、籬の蕁麻《いらくさ》や山牛蒡《やまごぼう》の中に眠っているリザヴェータの姿を見つけたというわけである。酩酊《めいてい》した連中はげらげら笑いながら、そのそばに立ち止まると、口から出まかせに猥褻《わいせつ》な冗談を言い始めた。と、突然一人の若い紳士が、まるでお話にもならぬ奇矯《ききょう》な問題を考えついた。『誰かこの獣を女として遇することができるだろうか。さあ、今すぐにでもできる者があるかしら』云々《うんぬん》、というのであった。人々はさもけがらわしいというような傲然《ごうぜん》たる態度で、そんなことはとうてい不可能だと答えた。しかしこの一行の中に偶然居合わせたフョードル・パーヴロヴィッチがすぐ前へ飛び出して、女として遇することができる、大いにできる、しかも独特なある妙味さえある云々《うんぬん》、と断言した。実際そのころの彼は、わざと道化の役を引き受けて、どこへでも出しゃばって、みんなをおもしろがらすのが楽しみであった。で、見かけは対等のつきあいでも、その実一同にとっては全然|下種《げす》下郎にすぎなかった。それはちょうど、彼が先妻のアデライーダ・イワーノヴナの訃報《ふほう》を、ペテルブルグから受け取ったばかりのころであったが、しかも彼は帽子に喪章をつけたまま、飲み歩いたり、醜態の限りを尽くしていたので、この町で最もひどい放蕩者でさえ、彼を見ると、眉《まゆ》をひそめるくらいであった。一行はむろんこの突飛な意見を聞くと、げらげら笑った。そしてその中の一人などは、フョードル・パーヴロヴィッチの尻押しをしにかかったほどであったが、他の連中は、やはりなお、並はずれの陽気さは失わなかったけれど、いっそう頻繁にぺっぺっと唾《つば》を吐《は》いた。そし
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