ながら、引き伸ばしたような、臆面もなく意地の悪い声を立てて笑いだした。
「みんなわしが帰ってしまったと思っていたのに、わしはほうら、このとおりさ!」と彼は広間じゅうに響きわたるような声でわめいた。
 一瞬間、人々はじっと彼の顔を見つめながら、押し黙った。今にも何か忌まわしいばかげた事件がもちあがって、きっと醜態をさらけ出すに違いないと、一同は直覚したのである。ことにミウーソフはこのうえなく優しい気分から、たちまちにしてこのうえなく獰猛《どうもう》な気分に変わってしまった。彼の心の中で消滅し鎮静したすべてのものが、一どきによみがえって頭をもたげたのである。
「だめだ、もうこれは我慢ができない!」と彼は叫んだ。「断然、できない……絶対にできない!」
 かっと血が頭に突き上がった。彼は言句につまったが、もはやことばどころではなかった。彼は自分の帽子を引っつかんだ。
「いったいあの人は何ができないというんだろう?」とフョードル・パーヴロヴィッチがわめき立てた。「何が『絶対にできない、どうしてもできない』んだろう? 方丈様、はいってもよろしゅうございますかね? 御招待にあずかった一人でございますが?」
「それはようこそ、さあおはいりくだされ」院長は答えた。「皆様、まことに失礼ながら」と彼はつけ加えた、「心の底からのお願いでござります。一時のいさかいを捨てて、この平和な食事のあいだに、神に祈りを捧げながら、血縁の和楽と愛の中に一致和合してくださりませ……」
「いや、いや、だめなことです!」とミウーソフはわれを忘れて叫んだ。
「ミウーソフさんがだめなら、わしもやっぱりだめですわい。わしも帰ります。わしはそのつもりで来たんですよ。もうこうなればミウーソフさんといっしょにどこへでも行きます。ミウーソフさんがお帰りなら、わしも帰るし、お残りなら、わしも残ります。あなたが血縁の和楽とおっしゃたのが、格別ミウーソフさんの胸にこたえたのですよ、院長様。あの人は自分を、わしの親類だと認めておらんのですからな。そうだろう、フォン・ゾン? そら、そこに立っておるのがフォン・ゾンでさあ。御機嫌さん、フォン・ゾン!」 
「あなたは……わたくしにおっしゃるので?」地主のマクシーモフは唖然《あぜん》たるかたちで口ごもった。
「むろんおまえにだよ」とフョードル・パーヴロヴィッチはどなった。「でなかったら誰に言うんだい? まさか僧院長様がフォン・ゾンであらっしゃるはずもなかろうぜ」
「でも、わたくしもフォン・ゾンではございません、わたくしはマクシーモフです……」
「いんにゃ、おまえはフォン・ゾンだよ。方丈様、フォン・ゾンというのは、何者か御存じでございますか? これはある犯罪事件に関係したことでございますよ。この男は悪所で殺されたんです――お寺様のほうではああいう場所をこう申すそうですな――殺されたうえに、裸に剥《は》がれて、おまけにいい年をしておりながら、箱の中へたたきこまれて、貨物列車でペテルブルグからモスクワへ発送されたんですよ、しかも番号を付けられましてね。ところで箱の中へたたきこまれるとき、売女《ばいた》どもが歌をうたったり、手琴つまりピアノですな、あれを弾《ひ》いたりしたそうですよ。これが今申した当のフォン・ゾンなのでございます。それが墓場から生き返って来たのですよ。そうだろう、おいフォン・ゾン?」
「いったいこれはなんたることだ? どうしたというのだろう?」そういう声が僧たちのあいだから聞こえた。
「行こう!」と、ミウーソフはカルガーノフに向かって叫んだ。
「いんや、失礼じゃがな!」と、また一度部屋の中へ踏んごみながら、フョードル・パーヴロヴィッチがかん高い声でさえぎった。「まあ、わしにも言うだけのことを言わしてください。あちら※[#「魚+夫」、166−2]《かまつか》庵室でわしはぶしつけ者という汚名を着せられましたが、それというのも、わしが※[#「魚+夫」、166−2]《かまつか》のことをほざいたからなんですよ。わしの親類すじのミウーソフさんのお好みでは、ことばの中に 〔plus de noblesse que de since'rite'〕(真摯さよりは気高さがいい)んだそうですがな、わしの好みはその反対で 〔plus de since'rite' que de noblesse〕(気高さよりは真摯さがいい)んですよ。noblesse(気高さ)なんかくそくらえだ! なあそうじゃないか、フォン・ゾン? 院長様へ申し上げます、わたくしは道化者で、道化じみたまねばかりいたしますが、それでも名誉を重んずる騎士でございますから、忌憚《きたん》なく所信を申し上げたいと存じます。さよう、わたくしは名誉を重んずる騎士でございます。ところが、ミウーソフさんの肚の中には、傷つ
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