に向かって聞いた。
「平民の女性は、今でも、そら、あすこの廊下のそばに待っております。ところで、上流の貴婦人がたのためには小部屋が二つ、この廊下に建て添えてありますが、しかし囲いの外になっておりますので、そら、あすこに見えておる窓がそうです。長老は気分のよいときには内側の廊下を通って、婦人がたに会いに行かれるのです。つまり、囲いの外で。今も一人の貴婦人のかたが――ハリコフの地主でホフラーコフ夫人とかいうかたが、病み衰えた娘御を連れて待っておられます。たぶんお会いすると、約束をされたのでございましょう。もっとも、このごろは非常に衰弱されて、一般の人たちにもめったに会いに出られませんが」
「じゃあなんですな、やっぱり庵室から婦人がたのところへ、抜け穴が作ってあるわけですな。いやなに、神父さん、わしが何かその、妙なことでも考えておるなどと思わんでくださいよ。別になんでもないので、ところで、アトスでは、お聞き及びでしょうが、女性の訪問が禁制になっとるばかりか、どんな生物でも牝《めす》はならん、牝鶏でも、牝の七面鳥でも、牝の犢《こうし》でも……」
「フョードル・パーヴロヴィッチ、僕はあなたを一人ここへうっちゃっといて、帰ってしまいますよ。僕がいなかったら、あなたなんぞ両手をつかんで引っ張り出されてしまいますぞ、それは僕が予言しておきますよ」
「なんでわしがあなたの邪魔になるんですかい、ミウーソフさん? おや、御覧なさい」庵室の囲い内へ一歩踏みこんだ時、彼はだしぬけにこう叫んだ。「御覧なさい、ここの人たちは、まるでばらの谷に暮らしているんですな!」
見ればなるほど、ばらの花こそ今はなかったが、めずらしい美しい秋の花が、植えられるかぎりいたるところにおびただしく咲き誇っていた、どれもこれも、見受けるところ、なかなか老練家の手で世話をされているらしい。花壇は堂の囲い内にも、墓のあいだにも設けてあった。長老の庵室のある木造の平家も、同様に花が植えめぐらしてあって、その入口の前には廊下が続いていた。
「これは先代のワルソノーフィ長老の時分からあったのですかい? なんでも、あのかたは優美《はで》なことが大嫌いで、婦人たちさえ杖で打たれたというじゃありませんか」と、フョードル・パーヴロヴィッチは正面の階段を上りながら言った。
「ワルソノーフィ長老は、実際、時として、宗教的奇人のように見え
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