いないのである。ミウーソフは堂のまわりにある墓石をぼんやり見回しながら、こういう『聖域』に葬られる権利のために、この墓はさぞ高いものについたことだろう、と言おうとしたが、ふと口をつぐんでしまった。それは罪のない自由主義的な反語が、肚《はら》の中でほとんどもう憤懣《ふんまん》に変わりかけていたからである。
「ちぇっ、それはそうと、ここでは……このわけのわからんところでは、いったい誰に物を尋ねたらいいんだ……それからしてまず決めてかからなきゃならない。時間がぐんぐんたってしまうばかりだから」こう、だしぬけに、ひとりごとかなんぞのように彼はつぶやいた。
このとき突然、一行の傍へ一人いいかげんの年のいった、少々頭の禿《は》げた男が、ゆったりした夏外套を着て、甘ったるい目つきをしながら近寄って来た。彼はちょっと帽子を持ち上げて、甘えた調子でしきりにしゅっしゅっという音を立てながら、誰とはなしに一同に向かって、自分はツーラ県の地主マクシーモフというものだと名乗った。そしてさっそく一行の懸念していることに口を入れた。
「ゾシマ長老は庵室に暮らしておられますよ。修道院から四百歩ばかり離れた庵室に閉じこもっておられますので、あの林の向こうですよ、あの林の……」
「それはわしも知っておりますよ、林の向こうだということはな」とフョードル・パーヴロヴィッチが答えた。「ところが、わしらは道をはっきり覚えておりませんのじゃよ、だいぶ長い御無沙汰をしましたのでな」
「ああ、それならこの門をはいりましてな、まっすぐに林を通って……林を通って……さあまいりましょう。もしなんでしたら……わたくしが……さあ、こちらへおいでなさい、こちらへ……」
一同は門をくぐって林の中を進んで行った。地主のマクシーモフは、六十くらいの男であったが、さっさと歩くというよりは、横っちょに駆け出すようにしながら、身震いの出るような、ほとんど名状しがたい好奇心をもって、一行を眺め回すのであった。その目のうちには、なんとなくあつかましい表情があった。
「実は、僕たちがあの長老のところへ行くのは、特別な用事のためなんですよ」とミウーソフはいかめしく彼に注意した。「僕たちはいわば『あのかた』に謁見《えっけん》を許されているんだからね、道案内をしてくださるのはありがたいけれど、御いっしょにおはいりを願うわけにはいかんですよ」
「わ
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