フランスの女がさっぱりいないんでの。呼び寄せたらいいんだのに、金は幾らでもあるんだから。そのうち嗅《か》ぎつけたら、やって来るだろうよ。だが、ここの寺には何もない。お囲い女房なんか一人もいないで、坊主ばかりが二百匹ほどもいるのさ。道心堅固で、戒律のやかましい連中ばかりなんだな、白状をすれば……。じゃあ、おまえは坊主の仲間へはいりたいんだな? だが、アリョーシャ、わしは全くのところ、おまえが可哀そうなんだよ。まさかと思うかもしれんが、わしはおまえが大好きになってしまったのだよ……それでも、これを機会《しお》に一つ、わしらのような罪障の深い者のために、お祈りをしてくれるんだな。全くわしらはここに御輿《みこし》をすえているうちに、ずいぶんいろいろと罪を重ねたものだからな。わしはいつもよくそう思ったものさ――いつか、わしらのために祈ってくれる者がどこかにいるだろうか? そんな人間がはたしてこの世にいるかしらん? とな。なあ、可愛い坊主、おまえは本当にせんかもしれんが、このことにかけたら、わしはから[#「から」に傍点]他愛がないんだよ。そりゃおそろしくばかなのさ。ところが、ばかなりにも、しょっちゅうこのことを考えるんだよ。いや。しょっちゅうじゃない、むろん、ときどきの話だ。だが、わしが死んだとき、鬼どもがわしを鉤《かぎ》に引っ掛けて、地獄へ引きずりこむのを、ちょっと忘れさせるっていうわけにはいかんものだろうかなあ? わしの気になるのは、この鉤なんだよ。いったいやつらは、どこからそんなものを手にいれるんだろう? 何でこしらえてあるんかしら? 鉄だろうかな? そんなら、どこでそんなものを鍛《う》つんだろう? 何か工場のようなものでも地獄にあるのかな? でも修道院では坊主どもはきっと、地獄に天井があるものと考えてるんだろう。ところが、わしは地獄というものを信じるのはいいけれど、まだねがわくば天井のないやつがいいな。そうすれば、地獄も少しは気のきいた、文化的な、つまりルーテル式なものになってくるからな。全く、天井があろうとなかろうと、同じことじゃないかよ。ところが、このいまいましい問題は、その中にあるんだ! それで、もし天井がないとすれば、鉤もないことになるだろう。ところで、鉤がないとすれば、すっかり見込み違いで、またわからなくなる。つまり、誰もわしを鉤にかけて引きずりこむ者はいない
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