わけだ。ところで、もしわしを鉤にかけて引きずりこまないとしたら、そのときはどうだろうな、いったい、この世のどこに、真理があるというんだ? Il faudrait les inventer(ぜひとも作り出さにゃならんのだ)ことさらにその鉤をわしのために、わし一人のためにな、なぜと言って、とてもおまえにはわかるまいが、アリョーシャ、わしは実になんとも言えん恥知らずだからな!……」
「でも地獄には鉤なんかありませんよ」と父を見つめながら、静かにまじめにアリョーシャは答えた。
「そうだとも、そうだとも、ただ鉤の影ばかりなんだ、知ってるよ、知ってるよ。あるフランス人が地獄のことを書いておるが、全くそのとおりなんだ、J'ai vu l'ombre d'un cocher'qui avec l'ombre d'une brosse frottait l'ombre d'une carosse(わたしは見た、刷毛の影にて馬車の影を磨く御者の影を)だ。しかし、おまえはどうして鉤がないってことを知ってるんだい? 少しのあいだ坊さんたちの中へはいっておったら、そんなことも言わなくなるだろうが。しかし、まあ行くがいい、そして善知識になるがいいぞ。そうなったら、わしのところへ来て話して聞かしてくれ。なんといっても、あの世の様子が良く知っていさえすれば、そこへ行くのも楽なわけだからな。それに、おまえも、のんだくれの親爺や娘っ子どものそばにいるよりは、坊さんたちのところにいたほうが身のためだから……、せめておまえだけは、天使のように、なんにもさわらせたくないよ。いや、あすこへ行けば、おまえもさわるものがなかろう。わしがおまえに許しを与えるのも、つまりは、それを当てにするからなんだよ。おまえの心はまだ悪魔に食われておらんからな。ぱっと燃えて、消えて、それからすっかり以前のからだになって、帰って来るがいい。わしはおまえを待っておるぞ。実際、世界じゅうでこのわしを悪く言わないのは、ただおまえ一人きりだからな、それはわしも感じとるわい。本当に感じとるとも、実際、それを感じないわけにはいかんじゃないかえ?……」
 そして、彼はすすりあげて泣きだしさえした。彼は感傷的であった。悪党ではあったが、同時に感傷的な人間でもあった。

   五 長老

 おそらく、読者の中にこの青年を、病的な、われを忘れてしまうほど感じや
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