スり、なおはなはだしきは貪欲《どんよく》の果てに居眠りでもしていたら、四方八方から、あさましいやつどもがやって来て、羊の群れを奪って行くのですからの。どうか人民どもに、たゆむことなく福音を説いてやってください……。彼らから高利をむさぼるようなことがあってはなりません……。金銀を愛して、これをたくわえたりしてはなりません……。神を信じて、信仰の旗をしっかと握っていてください。高くこれを振りかざすように……」
 それにしても、長老のことばは、ここに記したよりも、すなわち、アリョーシャが後に書きとどめたよりも、ずっと切れ切れなものであった。どうかすると、彼は力を集中するかのように、すっかりことばをとぎらせて、喘《あえ》いだりしていたが、しかもなお、法悦に浸っているかのようであった。人々は感激しながら耳を傾けていた。もっとも、多くの者は、彼のことばに驚いて、そこに暗澹《あんたん》たるものを認めていた……。アリョーシャはたまたま、庵室をほんのちょっとのあいだ離れたとき、庵室の中と、庵室のあたりに集まっていた僧侶たちが一様に興奮して、近づきつつあるものを待ち受けている様《さま》にいまさらながら驚いた。この期待は、ある人たちのあいだではほとんど不安に近く、またある人たちにとっては厳粛なものであった。誰も彼も、長老が瞑目《めいもく》するとただちに何かしら大きなことが起こるだろうと期待していたのである。この期待は一方からみるとほとんど軽はずみなものとも考えられたが、いとも厳格な主教たちさえも、この考えにおそわれていた。中で最もいかめしい顔をしているのはパイーシイ主教であった。アリョーシャが庵室を出たのは、町から帰って来たラキーチンが、一人の僧を通じて、こっそり呼び出したからであった。ラキーチンはアリョーシャに当てたホフラーコワ夫人の奇怪な手紙を携えていたのである。夫人はアリョーシャに一つの興味のある、いかにもこの場合にふさわしい消息を伝えていた。事件というのは、昨日、長老に謁見して、祝福するためにやって来た平民の女の信者の中に、町の者でプローホロヴナという下士官の妻がいたことであった。彼女は長老に向かって、ワーセンカという息子が、遠くシベリヤのイルクーツクへ勤めに行ったが、もう一年ほども、何一つ便りがないから、死んだ者として、教会でそのあとを弔ってもよいだろうかと尋ねた。この質問に対
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