機嫌を取って人に好かれようとする術策や技巧や、自分を可愛《かわい》がらせようとする手腕などといったものを期待することは、絶対にできないことである。したがって、おのれに対する特別な愛情を人の心に呼びさます能力は、なんら技巧を弄《ろう》することなく、端的に自然から賦与された本性だったわけである。学校においてもやはり同じことであった。もっとも、彼は仲間から疑いや、時として嘲笑や、あるいはことによると、憎悪さえも受けそうな子供に見えたかもしれない。たとえば、彼はよく物思いに沈んで、人を避けるようなことがあった。ごく幼少のころから彼は隅のほうに引っこんで、読書にふけることを好んだ。それにもかかわらず、彼は学校にいる間じゅう、全くみんなの寵児《ちょうじ》といってもいいほど、仲間から可愛がられた。彼はめったにふざけたり、はしゃいだりはしなかったが、しかし、誰でも一目彼を見ると、それはけっして気むずかしさのためではなく、反対に、落ち着いていてさっぱりした性質のためである、ということをすぐに悟るのであった。同じ年ごろの子供に伍しても、彼はけっして頭角を現わそうなどとは考えたことはなかった。そのせいであろうか、彼はついぞ何一つ恐れたことがなかった。それでいて仲間の子供たちは、彼が自分の勇気を鼻にかけているのでなく、かえって、自分が大胆で勇敢なことを、いっこう知らないようなありさまであることを、すぐに了解した。彼は侮辱を覚えていたことなどは一度としてなかった。侮辱を受けてから一時間ほどすると、当の侮辱者に返事をしたり、自分のほうからそれに話しかけたりすることがよくあった。そんなときには、まるで二人のあいだには何事もなかったかのように相手を信じきったような、晴れ晴れした顔をしている。それはうっかり、その侮辱を忘れたとか、またはことさらに許したとかいうような様子ではなく、そんなことは侮辱でもなんでもないといった顔つきなので、この点がすっかり子供たちの心を擒《とりこ》にし、征服したのであった。ただ一つ彼には人と変わった性質があって、それが下級生から上級生に至るまで、中学の全学級にわたって、彼をからかってやろう、という望みを友だちに起こさせたものである。もっとも、それは腹の黒い嘲笑ではなくただ皆にとってそれが楽しいからであった。この変わった性質というのは、野性的な、夢中になるほどの羞恥心《しゅう
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