たった今ディデロートのことで、あんなに腹を立てたミウーソフさんですよ。この人がわたくしに話して聞かせたのです」
「僕はけっして、そんな話をあなたにしたことはありませんよ。それに全体、僕はあなたとなんか、そんな話をしやしませんよ」
「なるほど、わしにお話しなされたことはありませんが、あんたが人中で話しておられた席に、わしは居合わせたというわけですよ。なんでも四年ばかり前のことでしたなあ。わしがこんなことをもちだしたのも、このおかしな話でもって、あんたがわしの信仰をぐらつかせなされたからですぜ、ミウーソフさん。あんたは何も御存じなしだが、わしはぐらついた信仰をいだいて帰りましたのじゃ。それ以来いよいよますます、ぐらついてきておるんですぜ。ほんとにミウーソフさん、あんたは大きな堕落の原因なんですぜ。これはもうディデロートどころの騒ぎじゃないて!」
フョードル・パーヴロヴィッチは悲痛な声でまくしたてた。しかし一同は、またしても彼が芝居をしているということを、もうはっきりと見抜いていた。それでもミウーソフはひどく気を悪くした。
「なんてくだらないことだ、何もかもがくだらないことだ」と彼はつぶやいた。「実際、僕はいつか話したことがあるかもしれん……しかしあなたに話したのではない。僕自身も人から聞いたんですからね。なんでもパリにいた時分に、あるフランス人が、ロシアでは『殉教者伝』の中で、こんな話を、弥撒《ミサ》に朗読するといって、話して聞かせたんです……その人は非常な学者で、ロシアに関する統計を専門的に研究していたんです……ロシアにも長らく住んでいたことがあります……僕自身は『殉教者伝』など読んだことはありません……この先も読もうとは思っていません……いや、全く食事のときなどには、どんなことをしゃべるかしれたもんじゃない……そのときも、ちょうど食事をしていたんですからね……」
「さようさ、あんたはそこで食事をしておられたのでしょうが、わしはこのとおり、信仰をなくしてしまったんですよ!」とフョードル・パーヴロヴィッチがまぜっかえした。
「あなたの信仰なんか、僕に何の用があるんです!」とミウーソフはわめきかけたが、急におのれを制して、さげすむように言った。「あなたは全く文字どおりに、自分のさわったものには泥を塗らずにおかぬ人ですよ」
長老は不意に席を立った。
「御免くだされよ、皆
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