ように言った。「どうか遠慮をなさらぬようにな、自分の家にいるのと同じつもりでいてくだされ。何はともあれ第一に自分で自分を恥じぬことが肝心ですぞ、これがそもそも、いっさいのもとですからな」
「自分の家と同じように? つまりあけっぱなしでございますな? ああそれはもったいなさすぎます、もったいなさすぎます、がしかし――喜んでお受けいたしましょう! ところで、長老様、あけっぱなしでなどと、わたくしを煽《おだ》てないでください、剣呑《けんのん》でございますよ……あけっぱなしというところまでは、ちょっと当人のわたくしも、行き着きかねますて。これは、つまりあなたを守るために、前もって御注意するのでございます。まあ、その他のことは、まだ未知の闇に包まれております。もっとも、なかには、わたくしという人間を誇張したがっておる御仁《ごじん》もありますがな。これはミウーソフさん、あんたに当てて言ってることですよ。ところで、猊下《げいか》、あなた様に向かっては満腔《まんこう》の歓喜を披瀝《ひれき》いたしまする!」彼は立ち上って両手を差し上げると、言いだした。「『なんじを宿せし母胎と、なんじを養いし乳頭《ちくび》は幸いなり』、別して乳頭でございますて! あなた様はただ今『自分を恥じてはならぬ、これはいっさいのもとだ』と御注意くださりましたが、あの御注意でわたくしを腹の底まで見通しなさいましたよ。実際、わたくしはいつも人の中へはいって行くと、自分は誰よりもいちばん卑劣な人間で、人がみんな寄ってたかってわたくしを道化あつかいにするような気がするのでございます。そこで、『よし、そんなら本当に道化の役をやってみせてやろう。人の思わくなどかまうものか。どいつもこいつもみんな、わしより卑劣なやつらばかりだ!』ってんで、わたくしは道化になったのでございます。恥ずかしいが因《もと》の道化でございますよ、お偉い長老様、恥ずかしいが因《もと》なのでございます。小心翼々たればこそ、やんちゃもするのでございます。もし、わたくしが人前へ出るときに、みんながわたくしをおもしろい利口な人間だと思ってくれるという、確信があったならば、そのときのわたくしは、どんないい人間になったことでございましょうなあ! 師の御坊!」と、いきなり彼はひざまずいて、「永久の生命を受け継ぐために、わたくしはいったいどうすればよろしいのでございま
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