なんと言うだろうかと注視していたが、やはりミウーソフと同じように、もう座にいたたまれない様子であった。アリョーシャは今にも泣きだしそうな顔をして、首うなだれて立っていた。何より不思議なのは兄のイワンである。彼は父に対してかなり勢力を持っている唯一の人間だから、今にも父をたしなめてくれるかと、アリョーシャはそればかり当てにしているのに、彼は眼を伏せたまま、身じろぎもしないで椅子に腰かけている。そしてこの事件にはなんの関係もない赤の他人のように、物珍しそうな好奇の色を浮かべながら、事件がどんな風に落着するかを、待ち設けているかの観があった。アリョーシャはラキーチン(神学生)の顔さえ、眺めることができなかった。それはやはり彼の親しい知り合いで、親友といってもいいほどのあいだがらであった。彼はその肚《はら》の中をよく知っていた(もっとも、それがわかるのは、修道院じゅうでアリョーシャ一人きりであった)。
「どうかお許しください」とミウーソフは長老に向かって口をきった。「ことによると私も、この悪ふざけの共謀者のように、あなたのお目に映るかもしれませんが、たとえフョードル・パーヴロヴィッチのような人でも、ああいう尊敬すべきかたをおたずねする場合には、自分の義務をわきまえていることと信じたのが、私のそもそもの過ちでございました……私はまさかこの人といっしょに伺ったことで、お許しを乞うようなことになろうとは、思いもかけませんでした……」
 ミウーソフは最後まで言いきらないうちにまごついてしまって、そそくさともう出て行きそうにした。
「御心配なされますな、お願いですじゃ」突然、長老はひよわい足を伸ばして中腰に席を立つと、ミウーソフの両手を取って再び彼を肘椅子に坐らせた。「落ち着いてくだされ、お願いですじゃ。別してあなたには、わしの客となってもらいとうござりますのじゃ」彼は会釈をすると、向きを変えて再び自分の長椅子に腰をおろした。
「神聖な長老様、どうかおっしゃってくださいまし、わたくしがあんまり元気すぎるために、お腹立ちはなさりませんか、どうか?」と不意に、肘椅子の手すりを両手につかんで、返答次第では、その中から飛び出しかねないような身構えをしながら、フョードル・パーヴロヴィッチが叫んだ。
「どうかお願いですじゃ、あなたもけっして、御心配や御遠慮をなさらぬようにな」と長老は諭《さと》す
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