齦《はぐき》に干乾《ひから》びついて、身うちがひきつってくるようなんでございますよ。これはまだ、わたくしが若い時分、貴族の家に居候をして、冷飯にありついておったころからの癖でしてな。わたくしは根から生まれついての道化で、まあ気違いも同然でございますな、猊下様、こりゃあきっと、わたくしの中には悪魔が住んでおるのに違いございません。もっとも、あまりたいしたしろものじゃありますまいよ、もう少しどうかしたやつだったら、もっとほかの宿を選びそうなもんですからなあ。ただし、ミウーソフさん、あんたじゃありませんぜ、あんたもあまりたいした宿ではありませんからな。けれど、その代わりにわたくしは信じていますよ。神様をなあ。ついこのごろちょっと疑いを起こしましたが、その代わり、今ではじっと坐って、偉大なことばを待っております。猊下様、わたくしはちょうど、あの哲学者のディデロートのようなものでございますよ。猊下様は哲学者のディデロートが、あのエカテリーナ女帝の御世の大司教プラトンのところへまいった話を御存じでございますか。はいるといきなり『神はない!』と言いました。それに対して偉い大僧正は指を上へあげて、『狂える者はおのが心に神なしと言う』と答えられました。するとこちらは、いきなりがばとその足もとへ身を投げて、『信じます、そして洗礼を受けます』と叫んだのでございます。そこですぐさま洗礼が施されましたが、ダシュウ公爵夫人が教母で、ポチョームキン元帥が教父でしてな!……」
「フョードル・パーヴロヴィッチ、もう聞いちゃあいられない! あなたは自分でもでたらめを言ってることがわかってるんでしょう、そのばかばかしい一口話がまっかな嘘だってことが。いったいあなたはなんのためにそんな駄法螺《だぼら》を吹くんです?」ミウーソフは、もう少しも自分を押えようとしないで、声を震わせながら、こう言った。
「これは嘘だ――という感じは生涯、いだいてきましたんで」とフョードル・パーヴロヴィッチは夢中になって叫んだ。「その代わり皆さん、今度は嘘いつわりのないところを申し上げますよ。長老様! どうぞお許しください。いちばんしまいに申しました、あのディデロートの洗礼の話は、わたくしがたった今、自分で作ったのでございます。今お話ししているうちに考えついたことで、以前には頭に浮かんだこともありません。つまりぴりっ[#「ぴりっ」
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