た顔で突っ立ったまま、いっかな頑張っているじゃありませんか。『いえ、その、わたくしは一座を浮き立たすために、ちょっと冗談を言ったまででございますよ。つまりナプラーウニック氏は有名なロシアの音楽隊長ですからね。ところで、われわれの事業の調和のためにも、音楽隊長のようなものが入用なんでして……』なかなかうまくこじつけて、ばつ[#「ばつ」に傍点]を合わせたじゃありませんか? ところが、『まっぴらだ、わしは警察署長ですぞ、自分の官職を地口にするとはけしからん』そう言ってくるりと背中を向けて、出て行こうとします。わたくしはその後から、『そうですよ、そうですよ、あなたは警察署長で、ナプラーウニックじゃありません』とわめきましたが、『いいや、いったんそう言われた以上、わしはナプラーウニックです』とさ。どうでしょう、おかげでまんまとわたくしどもの仕事はおじゃん[#「おじゃん」に傍点]になってしまいましたわい! いつもわたくしはこうなんです。決まってこうなんですよ。徹頭徹尾、自分の愛嬌《あいきょう》で損ばかりしておるのでございます! もう何年も前のこと、ある一人の勢力家に向かって『あなたの奥さんはずいぶんくすぐったがりの御婦人ですな』と言ったのです。つまり、名誉にかけて、と言うつもりだったので、その、精神的な特質をさして言ったのです。ところが、その人はいきなり、わたくしに『じゃ、あなたは家内をくすぐったんですか?』と聞きました。わたくしはその、つい我慢ができなくなって、まあお愛嬌のつもりで、『ええ、くすぐりましたよ』とやったんです。ところが、その人はさっそくわたくしをこっぴどくくすぐってくれましたて……。これはもうずっと昔のことなんで、お話ししても恥ずかしいとは思いませんがね。こういう風に、わたくしはしじゅう、自分の損になることばかりしておるのでございますよ!」
「あなたは今もそれをやっているんですよ」とミウーソフは吐き出すようにこう言った。
 長老は無言のまま、二人を見比べていた。
「そうでしょうとも! そして、どうでしょう、ミウーソフさん、わしは口をきるといっしょに、ちゃんとそのことを感じましたよ。そればかりか、あなたがまっ先にそれを注意してくださる、ということまで感じておりましたんで。猊下《げいか》様、わたくしは自分の茶番がうまくいかないなと思うと、その瞬間は、両方の頬が下の歯
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