時を報じた。
「ちょうどかっきりお約束の時刻でございます」とフョードル・パーヴロヴィッチが叫んだ。「ところが、倅《せがれ》のドミトリイはまだまいりませんので。あれに代わってお詫《わ》び申しますよ、神聖なる長老様! (この『神聖なる長老様』でアリョーシャは、思わずぎくりとした)当のわたくしはいつでもきちょうめんで、一分一秒とたがえたことはございません――正確は王者の礼儀なり、ということをよくわきまえておりますので……」
「だが、少なくとも、あなたは王者ではない」
 我慢がならなくて、ミウーソフがすぐこうつぶやいた。
「さよう、全くそのとおりで、王様じゃありませんよ。それになんですよミウーソフさん、わしもそれくらいのことは知っておりますわい。全く! 猊下《げいか》様、わたくしはいつもこんな風に、取ってもつかんときに口をすべらすのでございまして!」どうしたのか一瞬、感慨無量といった調子で、彼はこう叫んだ。「御覧のとおり、わたくしは正真正銘の道化でございます! もう正直に名乗りをあげてしまいます。昔からの悪い癖でございまして! しかし、ときどき取ってもつかんでたらめを言いますのも、当てがあってのことでございますよ。――どっと人を笑わして、愉快な人間になろう、という当てがあるのでございますわい。とかく愉快な人間になるってえことが必要でございますからなあ、そうじゃありませんか? 七年ばかり前に、ある町へ出向いたことがございます。ちょっとした用事がありましてな。そこでわたくしは幾たりかの小商人《こあきんど》と仲間を組んで、警察署長のところへまいりました。それは、ちょっと依頼の筋がありまして、食事に招待しようという寸法だったのでございます。出て来たのを見ますと、その署長というのは肥《こ》えた、薄い髪の、むっつりとした人物で、――つまりこんな場合にいちばん剣呑《けんのん》なしろものなんで。なんしろ、こんな手合いは癇癪《かんしゃく》もちですからなあ、癇癪もちで……。わたくしはそのかたへずかずかと近寄って、世慣れた人間らしい無雑作な調子で、『署長さん、どうかその、われわれのナプラーウニックになっていただきたいものでして』とやったものです。すると、『いったいナプラーウニックとはなんですね?』と、こうなんです。わたくしはもう、その初手の瞬間に、こいつはしくじった、と思いましたよ。まじめくさっ
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