オランの経文にある戒律なぞには頓着しない。馬に乗つてゐるものも、道を歩いてゐるものも、妙な稲妻形に歩くのである。どうかすると馬が物に驚いて横飛びをして、橇を引つ繰り返す。そしてその馬は往来を走つて逃げようとする。はふり出されて、雪の中を引き摩られてゐる乗手は、力一ぱいに手綱を控へて、体の周囲《まはり》の雪を雲のやうに立てゝゐる。馬を駐める事が出来なかつたり、橇から投げ出されたりする事は、殊に酒に酔つた場合には、誰にもあり勝ちの事である。併しさういふむづかしい場合にも、手から手綱を放しては、韃靼人の恥辱になるさうである。
 おや。あそこの真つ直ぐな町の脇に、変つた賑ひがあるぞ。馬に乗つてゐるものが脇へ避ける。歩いてゐるものが矢張り避ける。赤い着物を着て化粧をした韃靼人の女が、往来に出てゐる子供を中庭へ追ひ込む。天幕の中から物見高い奴等が顔を出す。そして誰も彼も、一つ方角を見詰めてゐる。
 長い町の向うの端に、今丁度一群の騎者が現はれた。それが韃靼人やヤクツク人の間で大層流行つてゐる競馬だといふ事は、己には直ぐに知れた。騎者は凡六人位である。旋風《つむじかぜ》のやうに駆けて来る。その群が近
前へ 次へ
全94ページ中89ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
コロレンコ ウラジミール・ガラクティオノヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング