夜が偉大な、冷かな美しさを以つて大地を一面に覆つてゐる。空には星が瞬《まばた》きをしてゐる。平な雪の表面が際限もなく拡がつてゐる。そして地平線には、暗い森が聳《そばだ》ち、遠い山の頂が突出してゐる。この寒さと闇と沈黙との全幅の画図が己の胸へ悲哀と係恋《あこがれ》とを吹き込むのである。
 天幕へ帰つて見ると、ワシリはもう寝てゐた。その寛《ゆるや》かな、静かな、平等な呼吸の音が、一間の沈黙を破つてゐるだけである。
 己も床の上に横になつた。併し今まで聞いた物語の印象が消えないので、久しく寐付く事が出来なかつた。
 何遍か己は寐入りさうになつたが、眠つてゐるワシリが寝返りをしたり、何か分からぬ囈語《ねごと》を言ふのに妨げられた。この男の低い、鈍い、小言を言ふやうなバスの音がたび/\己を驚かして、己に今まで聞いたオヂツセエめいた話の節々を思ひ出させるのである。譬ば己は頭の上で森の木の葉が戦《そよ》いでゐるかと思つたり、又は岩端から見下して、谷間に布いてある警戒線を見るかと思つたりする。その警戒線の兵営の上が己の目の下で、大きな鷲がゆつくりと輪をかいて舞つてゐたり何かする。
 想像は己を乗せて、
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