です。こつちから目の前に町の明りが見えるのだから、町からもこつちで焚く火が見えなくてはならないのを、大胆にも気に掛けずにゐたのです。人間は不思議なもので、人一人に出逢つてもならないと思つて、森や野原をさまよひ歩くかと思ふと、こんな事を遣るのです。大きな町の直ぐ前で火を焚いて、なんの危険もない積りで、暢気に話をしてゐます。
 わたくし共の僥倖で、丁度その時ニコラエウスクの町に或る年寄の役人がゐました。その人は或る土地の監獄長をした事のある人です。その監獄は大きくて、種々な囚人が入れてありました。そこにゐた囚人は皆この老人の恩を受けてゐます。シベリアで、ステパン・サヱリイツチユ・サマロフといへば、それを知らない流浪人はない。三年程前にそのサマロフが亡くなつたといふ事を聞くと、わたくしでさへわざ/\牧師さんの所へ行つて、ミサを読んで貰ひました。サマロフさんは実に好い人でした。只口が悪い。恐ろしい悪態を吐《つ》きます。大声を出して足踏みをします。併し残酷な事なぞは誰にもしません。何をするのも公平で、誰にも侮辱を加へるといふやうな事がなく、囚人を圧制しないから、みんなが難有がつて、敬つてゐました
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