。賄賂といふものを取つた事がない。自分の利益の為めに公共の物を利用した事がない。只公共団体が報酬として送る物を受けるだけです。随分家族が多いから、それだけの物を受けなくてはならなかつたのです。
 わたくし共がヂツクマン谷で野宿をした時、この人はもう役を引いて、市中の自宅に住まつてゐました。それでも昔からの癖で、囚人や監視中の人間を世話をしてゐました。
 丁度その晩サマロフさんは、自分の家の石段の上に出て、煙草を喫んでゐますと、わたくし共のヂツクマン谷で焚いてゐる火が見えたのです。それを見てお爺いさんが「あそこで火を焚いてゐるのは何者だらう」と思つたのですね。
 その時石段の下を監視中の男が二人通つたので、爺いさんは、それを呼び留めました。「お前方はこの頃どこで漁をしてゐるのだい。ヂツクマン谷ではあるまいね。」
「いゝえ。あそこでは遣つてゐません。あの谷より上手です。それにけふは帰つてしまふ筈でした。」
「己もさう思つてゐたのだ。それにあそこに見えてゐる焚火はどうだい。」
「へえ。」
「何者が焚いてゐるのだらう。お前方はどう思ふ。」
「知りませんね。旅人《りよじん》かなんかでせう。」

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