帽を脱ぎました。段々乏しくなつて来た食料をくれるといふのも難有いが、それよりはこの男の親切な詞が嬉しかつたのです。どの人間もどの人間も、わたくし共に対しては禍の種で、悪くすると命まで取り兼ねないから、わたくし共は避けるやうにしてゐる。それにこの男が始めてわたくし共に同情してくれたのです。
 わたくし共は今の出来事が余り嬉しかつたものですから、もう少しで飛んだ危険を冒すところでした。
 監視中の連中が行つてしまつた跡で、わたくし共は安心して、今まで程用心をしなくなりました。ヲロヂカなんぞは跳ねたり踊つたりしてゐます。その辺に、河の近い所で、ヂツクマン谷といふ所があります。ヂツクマンといふ独逸人が、そこで蒸汽機関を製造した所です。そこへわたくし共は這入り込んで、火を焚いて、その上へ鍋を二つ掛けました。一つの方では茶が煮えてゐる。今一つの方では肴を入れた汁が煮えてゐる。その内に日が暮れて、周囲《まはり》が暗くなつて、小雨が降り出しました。熱い茶を飲んで、気分が好くなつたものだから、雨なんぞには構はずにゐました。
 そんな風にして野宿をしてゐて、アブラハムの懐にゐるやうな気で暢気になつてゐたの
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