ん。流浪人にむづかしい名はいらないのですからね。」
「それはさうだね。お前さん達の世渡は随分心細いわけだ。牧師さんが神様にお祈をして上げようと思つたつて、本当の名を知らないから、なんと云つて好いか分からない。ブランだつて、故郷もあつただらうし、親類もあつただらう。兄弟や姉妹《あねいもと》があつたか。それとも可哀《かはい》らしい子供もあつたかも知れない。」
「それはあつたかも知れません。流浪人といふものは、洗礼の時に貰つた名を棄ててしまふ事はあるが、それだつて、外の人間と同じやうに母親が生んだには違ひないのですから。」
「ほんにお前さん達は気の毒な世渡をしてゐるのですね。」
「さやうさ。わたくし共のしてゐるより、みじめな世渡はありますまい。乞食をして、人に物を貰つて食べてゐる。着物だつて同じ事だ。それから死んだところで、墓一つ立てて貰ふ事は出来ない。森の中で死ねば、体は獣《けだもの》に食はれてしまふ。跡には日に曝されて、骨が残るばかりです。無論みじめな世渡と云はなくてはなりますまいよ。」
 わたくし共の話を聞いて、留守番は余程気の毒に思つたものと見えます。シベリア人は気の毒にさへ思ひ始め
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