なんでこゝに番兵なぞがいるものか。番兵が無くつたつて、誰も逃げはしない。島は広いが、荒地ばかりだ。どこへ行つても飢ゑ死にをするより外ない。島より外は海だ。それ、音も聞えるだらう。」
かう云つた時、丁度風が出て、一行の前に見えてゐる明りがちらついて、それと同時に岸の方から海の音が聞えて来た。丁度猛獣が目を醒してうなるやうに。
ブランがワシリに言つた。「あの音が聞えるかい。国の諺に、八方水で取り巻かれた、これが不運だといふのである。この土地はどうしても海を渡らなくては逃げられない。それから船に乗る所まで逃げるにも道程《みちのり》が可なりある。牧場《まきば》や、森や、警戒線を通らなくては行かれない。己は動悸がする。あの海の音が不幸を予言してゐるやうでならない。どうも己にこの樺太が逃げられれば好いが。己も年が寄つたでな。もうこれまで二度脱けた。一度はブラゴヱシユチエンスクで掴まつた。二度目はロシアまで帰つて掴まつた。そして又こゝへ戻つて来た。どうもこの儘こゝで死ぬる事になりさうでならない。」
「さう云つたものでもないよ」と、ワシリが励ました。
「お前はまだ若い。もう己のやうに年を取つて、体
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