ノ起る忘我の感じの外、何物をも感じまいとしてゐる。
けふもセルギウスはいつものやうに持場に立つてゐた。額を土に付けるやうに身を屈めた。手で十字を切つた。そして例の怒が起りさうになると、それを剋伏しようとして努力した。或は冷静に自ら戒めて見たり、或は故意に自分の思想や感情をぼかしてゐようとしたりするのである。
そこへ同宿のニコデムスと云ふ院僧が歩み寄つた。ニコデムスは僧院の会計主任である。これも兎角セルギウスに怒《いかり》を起させる傾《かたむき》があるので、セルギウスは不断恐しい誘惑の一つとして感じてゐたのである。なぜかと云ふにセルギウスが目にはどうも、ニコデムスは長老に媚び諂《へつら》つてゐるやうに見えてならない。さてそのニコデムスが側へ来て、叮嚀に礼をして云つた。長老様の仰せですが、ちよつと贄卓のある為切《しきり》まで御足労を願ひたいと云つたのである。
セルギウスは法衣《はふえ》の領《えり》を正し、僧帽を被《かぶ》つて、そろ/\群集の間を分けて歩き出した。
〔Lise《リイズ》, regarde《ルガルト》 a`《ア》 droite《ドロアト》, c'est《セエ》 lui《リ
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