ユイ》!〕(リイズさん。右の方を御覧よ。あの人よ。)かう云ふ女の声が耳に入つた。
〔Ou`《ウウ》, ou`《ウウ》? Il《イル》 n'est《ネエ》 pas《パア》 tellement《テルマン》 beau《ボオ》!〕(どこ、どこ。あの人はそんなに好い男ぢやないわ。)今一人の女のかう云ふのが聞えた。
セルギウスは自分の事を言ふのだと知つてゐる。それで今の対話を聞くや否や、いつも誘惑に出逢ふ度に繰り返す詞を口に唱へた。「而して我等を誘惑に導き給ふな」と云ふ詞である。セルギウスはそれを唱へながら項《うなじ》を垂れ、伏目になつて進んだ。贄卓の前の一段高い所を廻つて、讃美歌の発唱の群を除けて進んだ。発唱の群は丁度聖者の画像のある壁の所に出てゐたのである。セルギウスはやう/\贄卓の為切の北口から進み入つた。この口から這入る時は、敬礼をするのが式である。セルギウスは式に依つて聖像の前で頭を低く下げた。さて顔を上げて、体は動かさずに、長老の横顔を伺つた。その時長老は今一人の光り輝く男と並んで立つてゐた。
長老は式の法衣を着て壁の側に立つてゐる。ミサの上衣のはづれから肥え太つた手と短い指とを
前へ
次へ
全114ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
トルストイ レオ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング