U》しかつた。そこで長老が儀式をした。セルギウスは自分の持場に席を占めて祈祷をしてゐた。いつもかう云ふ場合にはセルギウスは一種の内生活の争闘を閲《けみ》してゐる。殊に本堂で勤行をするとなると、その争闘を強く起してゐる。争闘と云ふのは別ではない。参詣人の中の上流社会、就中《なかんづく》貴夫人を見て、セルギウスは激怒を発する。なぜかと云ふにさう云ふ上流の人達が僧院に入《い》り込んで来る時には、兵卒が護衛して来て、それが賤民を押し退ける。それから貴夫人達はどれかの僧侶に指さしをして囁き交す。大抵指さゝれるのは自分と、今一人の美男の評判のある僧とである。そんな事を見るのが嫌なので、セルギウスは周囲の出来事に対して、総て目を閉ぢて見ずにゐようとする。セルギウスは譬へば馬車の馬に目隠しをするやうに、贄卓の蝋燭の光と、聖者の画像と、それから祈祷をしてゐる人々との外は何物をも見まいとする。それから耳にも讃美歌の声と祈祷の文句との外には何物をも聞くまいとする。又意識の上でも、いつも自分が聞き馴れた祈祷の詞を聞いたり、又繰り返して唱へたりする時、きつと起つて来る一種の感じ、即ち任務を尽してゐると自覚した時
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