魔ナあつた。此時僧侶の間で最も忌むべき顕栄を干《もと》める念が始めてステパンの心の中《うち》に萌《きざ》した。間もなくステパンは矢張都に近い或る僧院に栄転して一段高い役を勤めることを命ぜられた。ステパンは一応辞退しようとしたが、長老が強ひて承諾させた。ステパンはとう/\服従して、長老に暇乞をして新しい僧院に移つた。
都に近い新しい僧院に引き越したのは、ステパンの為めには重大な出来事であつた。それは種々の誘惑が身に迫つて来て、ステパンは極力それに抗抵しなくてはならなかつたからである。
前の僧院にゐた時は、女色《ぢよしよく》の誘惑を受けると云ふことはめつたになかつた。然るに今度の僧院に入《い》るや否や、この誘惑が恐ろしい勢力を以て肉迫して来て、然も具体的に目前に現はれたのである。
その頃品行上評判の好くない、有名な貴夫人があつた。それがセルギウスに近づかうと試みた。セルギウスに詞を掛け、遂に自分の屋敷へ請待《しやうだい》した。セルギウスはそれをきつぱり断つた。併しその時自分の心の底にその女に近づきたい欲望が不遠慮に起つたので、我ながら浅ましく又恐ろしく思つた。セルギウスは余りの恐ろし
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